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中島ゆたかさんが死去。3年前から大腸がんで闘病中だった。現在芸能活動はできていたのか?

映画「トラック野郎」シリーズの初代ヒロインとして一躍人気を博した女優・中島ゆたかさんが、2025年11月27日に大腸がんのため73歳で亡くなりました。

約3年間にわたり病気と向き合いながらも、ファンの前に笑顔で姿を見せ続けていた中島さん。

亡くなる直前まで仕事を続けていたとも報じられており、その生き方に多くのファンが驚きと尊敬の声を寄せています。

本記事では、中島ゆたかさんが亡くなる直前までどのような活動をされていたのか、そして闘病の経緯についてまとめていきます。

目次

中島ゆたかさんが大腸がんで逝去

東映の発表によると、中島ゆたかさんは2025年11月27日午後11時15分、大腸がんのため神奈川県内の自宅で息を引き取りました。

享年73歳。 葬儀はすでにご家族による家族葬として執り行われ、喪主は長女の上野南実さんが務めました。

3年前に大腸がんを発症

関係者の証言によれば、中島さんが大腸がんと診断されたのは約3年前。診断後すぐに手術を受け、その後も治療を続けながら芸能活動を続行していたといいます。

重い病気を抱えていたことは公表されていませんでしたが、周囲には「できる限りお仕事は続けたい」と話していたそうです。

闘病しながらどこまで活動できていたのか?

「闘病中とは思えないほど明るかった」という声が多く、亡くなる数か月前まで公の場に姿を見せていました。 ここでは、晩年の主な活動を振り返ります。

2022年 映画『スーパー戦闘 純烈ジャー 追い焚き☆御免』に出演

中島さんが本格的にスクリーンへ復帰したのが、2022年公開の『スーパー戦闘 純烈ジャー 追い焚き☆御免』。 この頃にはすでに体調と向き合う生活が始まっていた時期ですが、撮影現場では変わらぬプロ意識で役を務めたと伝えられています。

最後の活動は2025年7月のイベント出演

中島さんがファンの前に最後に姿を見せたのは、2025年7月に東京・新文芸坐で開催された「公開50周年記念 トラック野郎・銀幕を駆ける一番星」。 代表作『トラック野郎 御意見無用』の上映イベントに登壇し、作曲の宇崎竜童さんとともに主題歌を披露するなど、笑顔いっぱいの舞台挨拶となりました。

闘病中であったことをまったく感じさせない堂々とした姿に、会場のファンからは大きな拍手が送られていたといいます。 このイベントが、結果的に中島ゆたかさんの最後の公の活動となりました。

中島ゆたかさんの華やかな芸能人生

1971年に「ミス・パシフィック日本代表」に選ばれ、世界大会で2位を獲得したことをきっかけに芸能界へ。 1973年の映画デビュー以降、多くの映画やテレビドラマに出演し、1974年には新人賞を受賞。 1975年公開の『トラック野郎 御意見無用』でヒロイン役を演じ、芯の強い女性像と自然体の美しさで全国的な知名度を獲得しました。

イベントや作品を通してファンと交流し続けた

近年は映画イベントや舞台あいさつへの登壇が中心となっていましたが、ファンとの交流を大切にしていたことが印象的です。 闘病しながらも公の場で歌声を披露するなど、強さと優しさを感じさせる姿に、多くの人が励まされてきました。

まとめ

・中島ゆたかさんは2025年11月27日、大腸がんのため73歳で逝去。
・約3年前にがんが発覚し、手術と治療を続けながら活動を継続していた。
・最後の公の仕事は2025年7月の『トラック野郎』公開50周年記念イベント。
・2022年の映画出演など、晩年も現役の女優として作品に参加していた。
・華やかなキャリアと最後まで仕事を続ける姿勢は、多くのファンの心に残り続けている。

長年にわたり映画界で活躍し続けた中島ゆたかさん。闘病中であってもファンを思い、最後まで舞台に立ち続けた姿勢は、多くの人の記憶に深く刻まれることでしょう。 心よりご冥福をお祈りいたします。

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