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大黒摩季、弟が死去!何の病気だったのか?

「ら・ら・ら」などのヒット曲で知られるシンガーソングライターの大黒摩季さんが、弟・大黒礼騎(れいき)さんの死去をインスタグラムで報告しました。享年は非公表ですが、9月3日に脳出血で倒れ、6日未明に息を引き取ったとのことです。突然の別れに多くのファンからも悲しみの声が寄せられています。この記事では、礼騎さんの病状や過去の闘病歴、大黒さんの心境についてまとめます。

目次

弟・大黒礼騎さん、急逝の経緯

大黒摩季さんの報告によると、弟の礼騎さんは9月3日の夕方に脳出血を発症し、救急搬送されました。診断は「右被殻出血」で、脳の中心部の動脈から出血が広がり、脳幹にも損傷が及んでいたとのことです。搬送時にはすでに瞳孔反射がなく、身体機能は急速に低下していました。

家族は延命治療を施し「二度目の奇跡」を信じましたが、6日午前2時31分に心臓が力尽き、両親の待つ天国へと旅立ちました。

過去にも「椎骨動脈解離」で生死をさまよう

礼騎さんは2021年に「椎骨動脈解離(ついこつどうみゃくかいり)」を経験しています。これは首の後ろを走る椎骨動脈の血管壁に傷がつき、血流が阻害されたり脳梗塞を引き起こす危険な病気です。当時も一時は命の危機に陥りましたが、懸命な治療とリハビリによって回復していました。

今回の脳出血はその延長線上にあるものではありませんが、血管系の病気を抱えていたことが背景にあると考えられます。

家業「札幌キムラヤ」を継いだ弟の姿

大黒さんは自身の音楽活動を続けるため、父の死後に家業「札幌キムラヤ」を継ぐかどうか迷った時期がありました。そのとき「姉ちゃんは歌手を続けてほしい」と礼騎さんが引き受けてくれたといいます。

今回の投稿でも、大黒さんは「2027年の創業100周年に向けて、弟の意思を継ぎキムラヤを守り抜く」と誓いを立てていました。

葬儀は社葬、芸能関係者やファンの参列は辞退

葬儀は「礼騎の誇りである社葬」として営まれる予定で、芸能・音楽業界やファンの参列は遠慮してほしいとのことです。大黒さんは「大黒摩季の弟としてではなく、一人の人間としての生き様を社員や関係者に讃えて送りたい」と語っています。

まとめ

大黒摩季さんの弟・大黒礼騎さんは、かつて椎骨動脈解離を経験しながらも回復し、家族や仕事を支えてきました。しかし今回、再び脳の血管トラブルに襲われ、わずか数日の闘病の末に帰らぬ人となりました。

大黒さんは深い悲しみの中で「札幌キムラヤの100周年を守り抜く」と誓いを立てています。突然の別れに、多くの人がその生き様を偲び、冥福を祈っています。

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