1960年代の青春ドラマ「若者たち」で一世を風靡した俳優・山本圭(やまもと けい)さん。柔らかい雰囲気と繊細な演技で多くのファンに愛されましたが、2022年3月31日に81歳で亡くなりました。この記事では、山本圭さんの死因や体調の経過、妻・小川誠子さんとの馴れ初め、娘さんの情報、そして俳優としての経歴まで分かりやすく解説します。
山本圭の死因は肺炎だった
山本圭さんの死因は肺炎です。2022年3月31日に81歳で亡くなられました。
亡くなる少し前の2022年3月中旬には帯状疱疹を発症しており、体力が落ちたところに肺炎を併発したと報じられています。高齢者の場合、帯状疱疹後の体力低下は大きく、その後の感染症が命に関わるケースも少なくありません。
過去には転倒で救急搬送も
2020年には自宅で転倒し救急搬送されたこともありましたが、このときは命に別状はなく、無事に回復しています。
妻・小川誠子との馴れ初めは囲碁がきっかけ
山本圭さんの妻は、プロ棋士として活躍した小川誠子(おがわ せいこ)さんです。馴れ初めは少し意外で、囲碁が2人を結びつけました。
囲碁部での偶然の出会い
小川誠子さんの兄弟子が俳優座の囲碁部を教えていた縁で、彼女が俳優座を訪れた際に、偶然山本圭さんと出会います。 山本圭さんは以前、体調を崩したときに囲碁を始め、俳優座囲碁部に所属していました。
交際ゼロでの「結婚宣言」?
出会ってしばらくして山本圭さんから「お祝いをしたい」と誘われ、訪ねてみると山本さんの自宅で、父親から突然「いつ結婚するの?」と言われたという驚きのエピソードも。 小川誠子さんは「まず私を見てほしい」と話し、慎重でしたが、山本家の温かい人柄もあり結婚を決意したそうです。
小川誠子のプロフィールと経歴
山本圭さんの妻・小川誠子さんは、日本棋院所属のトップ棋士として長く活躍しました。
- 1951年4月1日生まれ、福井県出身
- 6歳で囲碁を始め、小学生で日本棋院中部総本部に通う
- 14歳で全日本女流アマ優勝、「おかっぱ本因坊」と呼ばれる
- 木谷実九段の門下に入り、1970年にプロ入り
- 1979年から女流選手権を制覇、1986年には女流本因坊獲得
- 1995年に六段に昇段
- 女流棋士で2人目の通算500勝を達成
- 棋士会会長、日本棋院理事も歴任
- 2019年11月に68歳で死去
山本圭の子供は娘が1人
山本圭さんには娘が1人います。
46歳で父親に
夫婦が結婚して9年目、山本圭さんが46歳のときに娘が誕生しました。 「徹子の部屋」(2017年放送)の中で、娘の健康のために山本さんが台所に立つようになり、料理に目覚めたという心温まるエピソードも紹介されています。
娘は2017年に結婚
娘さんは2017年に結婚しており、山本圭さん夫妻にとっての大きな喜びとなりました。
山本圭の学歴・俳優としての経歴
山本圭さんの最終学歴ははっきりと公表されていませんが、俳優養成所などを経て芸能界入りしています。
1960年代から第一線で活躍
1966年のドラマ「若者たち」で人気俳優となり、その後も映画・ドラマ・舞台で幅広く活動を続けました。 代表作には「ひとつ屋根の下」シリーズなどがあります。
落ち着いた佇まいと深い演技で、多くの視聴者に愛される俳優でした。
研究者・山本圭(立命館大学教授)とは別人
ネット検索では、同姓同名の政治学者・山本圭(立命館大教授)が表示されることがありますが、 俳優の山本圭さんとは全くの別人です。
立命館大学教授・山本圭さんの簡単プロフィール
- 1981年生まれ、京都府出身
- 名古屋大学大学院 国際言語文化研究科 単位取得退学
- 博士(学術)
- 岡山大学講師を経て立命館大学法学部教授
- 著書『不審者のデモクラシー』など
まとめ
俳優・山本圭さんは、2022年3月31日に肺炎のため81歳で亡くなりました。 帯状疱疹による体力低下が重なったことも影響したとみられています。 妻はプロ棋士の小川誠子さんで、二人の出会いは囲碁がきっかけ。娘は1人で、2017年に結婚しています。 「若者たち」など数々の作品で親しまれた山本圭さんは、日本のテレビドラマ史を語る上で欠かせない存在です。
